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そんな他人行儀なことされたら、逆に私が傷つくことを、彼は知らない。

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私はケンカがうまくない。 ドラマでのケンカを見ると、言いたいことを言って、表情で伝えて、涙で、怒って伝える。 相手もそれを受け入れて、さらに自分の意見を言って、最後には仲直り。 私がこんなきれいにケンカ出来たら、もっと楽に生きられたと思う。 私はまず、イライラしだしたら無言になる。 それから表情にでる。怖い、近寄りがたい、目つきが怖い表情、なるべく怒ってる相手を視界に入れたくない。 2,3時間、もしくは半日経ってから、気分が落ち着いて、自分の気持ちを相手に言う。 今だとケンカ相手は、ほぼほぼ旦那ですけどね。 どんなケンカでも、やっぱり最後は話し合いして解決したい、というのが私の姿勢。 その過程は、2,3時間もあれば、3日かかるときもある。 遅いよねえ。 最近、我が家の旦那は私よりもケンカがうまくないのに気付いた。 自分の意見を言わない。 というかうまく私に伝えられない。 ボロを出したり、感情が高ぶって大声で言う人になりたくないんだと思う。 彼が育った環境や約30年間どう生きてきたのかが影響している。 私はそう解釈して、特に彼のその姿勢を批判するつもりはない。 ただ、今後一生付き合っていくつもりのパートナーには、ボロを出してもいいんじゃない? とも思う。 無理でしょ、長い生活を共に送るんだから。 ボロを出さない方が大変だし、ストレスになるし。 私は何度ダサい姿を見せたことか。 そんな他人行儀なことされたら、逆に私が傷つくことを、彼は知らない。 むしろ、彼は、「感情をコントロールできてない私」を 軽蔑してるんじゃないか、という妄想までしてしまう。 簡単な会話やあいさつはできている。 でも、二人の間に流れている空気が違う。 淀んでいる。  昔の人が考えた言葉がある。 「妻が賢ければ、夫婦喧嘩は起こらない」 一歩私が下がればいいのか。 そもそもケンカにならないように私が我慢すればいいのか。 どう解釈すればいいのだろう。 夫婦喧嘩は子供にとっても、いい影響ない。 そのためにも、いつも通りの日常に、戻ってほしい。 そのためにも、私が動かなきゃ。 ご覧いただきましてありがとうございます。 あなたにとって今日が彩り鮮やかな日でありますように。

意外と君は強い、という話。

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三世帯同居を始めて約5年。 5年を日数で計算すると約1826日。 時間で計算すると43,800時間。 いろいろなことがありました。 「いろいろなことがありました」 では済まないこともありました。 それでも今日まで、三世帯同居を続けられてるのは、 わが子を守るため、これだけですね。 「母は強し」って誰が考えた言葉だろう。 旦那でも、義父でも義母でもなく、 妻であり嫁であり、母であってほしいな。 誰でも精神論は嫌いな方だと思う。 私もそうです。 「風邪は気合で治る」と言っていた義父を 「へぇ~」であしらっていたのはいい思い出。 もし、5年前の自分にメッセージを伝えられるなら、こういいます。 「意外と君は強いし、なんとかなる。大丈夫。」 個人差はあるけど、世の中のお嫁さんやママは頑張っている。 それなのに「頑張ってね」とさらに追い打ちをかけるような発言はしない。 過去の私も、頑張っていた。 義母がよく言う。 「昔の私の方が大変だったのよ」と。 本当に大変だったと思う。 昭和時代の大家族。 姑、小姑、姪、甥に囲まれた生活。 私には想像できない苦労をしたと思う。 でも、苦労を測ってはいけないとも思う。 他人の苦労と自分の苦労は測って何になるのかな? 「私の方が苦労したのだから、あなたの苦労は苦労じゃない」 こういうメッセージが含まれているなら、どうぞ口を閉じてほしい。 そしてこれを言われたお嫁さんには、どうか受け流してほしい。 「へぇ~」 これだけで、いい。 あとは旦那に愚痴っておしまい、旦那との秘密。 わざわざ姑に反論するまでもない。 姑も大した意味で言ってないし、(それがむかつくんだけど) これでイラっとしたら向こうの思うつぼ。 私の処世術は長い長い道のりです。 長い長い時間をかけて、旦那の家に溶け込んで、 徐々に違和感をなくします。 5年。約1826日。 いろいろな理由があって、それでも、別居できない方へ。 前に進めば景色は変わります。 ご覧いただきましてありがとうございます。 今日もあなたにとって彩り豊かな一日になりますように。

子は親の背中を見て育つ

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私の母は、フルタイムで仕事した後、文句も言わずに子どもにご飯をつくる。 「たまにはお椀、洗ってほしいな。」 食後、ソファーでくつろぐ私にそう言った。 その時の私は、高校生。 反抗期真っただ中で、何も反応せずに自分の部屋に行った。 翌朝、台所はきれいに片付けられていた。 別の日。 私が自分の部屋で勉強机で座って本を読んでいると、母が掃除のために入ってきた。 部屋の隅々まで雑巾がけをするのが好きな人だった。 「今日はごみの日だから、ごみは自分でまとめてよ。」 部屋から出る時に、少しイラっとした声で言われた。 当たり前に母が掃除をして、娘はなにも言わず本を読んでいる状況は確かにイラっとする。 今思い返せば、反抗期中の私と会話をしたかったのかもしれない。 「親の愛情」というものはどこに表れてくるのか。 毎日の料理、掃除、洗濯。 口には出さなくても、感じ取ることができるもの。 母親の愛情は、なぜか素直に受け取りたがらない。 私がひん曲がってるのかもしれない。 母親になってわかる、「毎日当たり前に続けること」の大変さ。 体調のいいときは何とも思わなかった家事。 体調を崩すとこんなにも大変なのか。 「たまにはお椀洗ってほしいな。」 「お母さん疲れたなぁ」というサインを、私は受け取らなかった。 なんてひどい娘なんだろう。 今の私は、母と同じ3児の母である。 保育園児3人。部屋が汚いのは当たり前。 たまに怒って「片付けてよ」という時はあるけど、 基本は私が夜寝る前に片付けてる。 最近は「おもちゃがなければそもそもリビングは汚れない」という風に考えるようになってしまった。 一軍のおもちゃだけを選んで、あとは子供部屋に移した。 家の掃除をするとき、よく母の雑巾がけの姿を思い浮かぶ。 たまに義母に注意されて「なんだかなあ」と思うことでも、 母を思い浮かぶだけで「…やるかあ」と前向きに考えれる。 子は親の背中を見て育つという。 私は今、掃除機をかけた後にクイックルワイパーをする。 もう少ししたら、雑巾がけをし始めるのかもしれない。 ご覧頂きありがとうございました。 あなたにとって明日が彩り豊かな一日になりますように。

三児の母の幼児教育事情

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「一日をどう効率よく、何事もなく無事に終えられるか」 これが私のミッションだった。 三児の幼児教育。 一人目が一番時間に余裕があった。 二人目、三人目と続くと、どんどん余裕がなくなった。 正直、幼児教育を考えるほど余裕はなかった。 でも、知育玩具は買ってあげたいという思いはあった。 我が家にも、流行りのモンテッソーリ教育の玩具がある。 ちゃんと遊べたのは一人目だけだった。 末っ子は1回だけしか遊んでない。 最近こう思う。 いい教育したいなら、母親の心の余裕と、時間の余裕が必要なんだって。 これがないと、無理に知育玩具で一緒に遊んだところで、 思い通りに遊んでくれない子供を見てイライラするだけ。 それなら、やらない方が親と子、どっちにも良い。 急ぐことはない。 子どもにいい教育をしてあげたいなら、 まずは親に心の余裕ができてから。 第一に親の心の健康。 第二に幼児教育。 これぐらいがちょうどいいと思う。 幼児教育は大抵親と一緒にする教材が多い。 もちろん赤ちゃん一人で遊ぶには、長く持たない。 赤ちゃんと親が一緒に遊ぶ、学ぶ。 この過程が、大切なんだと思う。 目に見えないけど、無視できない過程。 やがて、わが子への糧となる経験。 笑った親の顔をみて、わが子も笑い、 びっくりした親の顔で、わが子は笑う。 そうやって、こどもは感情を表現することを学ぶ。 私が赤ちゃんだったら、一緒に楽しく遊んでくれる、よく笑うお母さんがいい。 自戒も込めて。 ご覧頂きありがとうございました。 あなたにとって明日が彩り豊かな一日になりますように。  

花より団子

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大抵の嫁は、結婚すると母が一人増える。 「嫁と姑」 この名詞と名詞を足した言葉ほど、鬱陶しいものはない。 かといって無視はできない存在。 だって好きになった男のお母さまですもの。 昭和より前の時代。 結婚は「一族と一族の結婚」だった時代。 一度会っただけで即結婚なんて当たり前だった時代。 離婚しようというものなら、親戚中に怒られて、引き留められただろう。 「同居なんてもうイヤ!離婚する!」 これが言いたくて言えなかった母親たちは一体どれくらいいたのだろう。 現代でも、21世紀になった今でも、苦しい思いをしている嫁がいる。 「離婚しちゃえばいいのよ」 仲いい友達に相談しても、わかってもらえないこの苦しさ。 渦巻の中にいる人にしかわからない苦しさ。 どうやって、生き抜こうかな。 どうやって、前に進もうかな。 2023年 今年の母の日は5月14日。 そうだ、贈り物をしてあげよう。 義母へ「親孝行」もできるし悪くない。 後始末が簡単なプレゼントがいい。 食べ物食べると幸せホルモン出るらしい。 60代だし、調理が簡単なものにしよう。 女性は、計算高く。 そうやって、私たちの母も生き抜いてきたんだから。 そうだ、私の実母にも母の日のプレゼントを買おう。 育ててくれてありがとう。